2018年上半期を振り返る

今週のお題「2018年上半期」

もう半分終わりかいな、とお題を見てやっと自覚した。そいうえばさっきお給料振り込まれてたな。6月末だ。

上半期の出来事といえばやっぱり「バンコクへのお引越し(転勤)」が一大トピック。

多分、自分の人生年表においても大きなトピックなんじゃないかな。怒涛の半年間を振り返り。

 

1月、送別会をしてもらう。立派なお皿(寄せ書きつき)をもらう。

ヤクルトのおばさんとか西濃のおじちゃんとか、会社以外の人からも餞別?をいただいたり。(お礼が言えてないのでいつか何かしたいなと思っている)

2月、大雪の中、東京へ引越し。半月だけ東京本社へ出社。

会社が用意してくれた仮住まいが辺鄙なところ過ぎ、通勤ラッシュの山手線に音を上げて一週間だけ目黒の知り合い宅に転がり込む。ドアtoデスクで30分

ボスが東京に来て四日間ずっと一緒に遊ぶ。箱根の温泉に行く。

月末に、バンコクへ。100リットル要領のスーツケース2つのみで引越し。ホテル住まい。なぜかおばけに怯える。

3月、住む家を決める。メイドさんが週三回お洗濯・お掃除・皿洗いやアイロンがけまでして下さって、プール・ジムつき、近辺へは車で送ってもらえる、そんなところ。

タイ語の授業始まる。ペースが速いし、頭の中でタイ語→英語→日本語に二回言葉の意味を変換しないといけないし、こんがらがる。

眠れなくて睡眠薬を使って眠る日々

4月、タイ語のクラスが1ターム終了。…の直前に筋肉が凝り固まりすぎて筋弛緩剤を飲んで生き延びる。以降、ちょっとだけ(物理的にも精神的にも)肩に入った力が抜ける。月末に一時帰国

5月、一時帰国から時を置かずして祖父が泣くなり緊急帰国。一週間に二回帰国する。

タイ語の授業が2ターム目となる。

来泰直後によく面倒を見ていただいた社長が本気国。その第一報を聞いたとき、泣く。

緊急帰国の際に使ったANA便の請求額がなぜか倍額になっておりもめる。(結果、向こうに瑕疵があるのに泣き寝入り。かなりかなりストレスフルだった。この件の対応ではいまでもANAには遺恨がある。)

日本に居た頃の人事評価の件で上長ともめる。私とは全く関係の無い要素で上がれなかったと言われ、おこ。

6月、タイ語の授業ターム2が終わる。テストが終わった後、「あぁ、ここが私の生きる(住まう)街なんやな」って素直に思える。今まではどこか観光客気分というか、目に入るもの何でも真新しいという感じやったけどそれがなくなった。

ひとつの区切り。

あと、夏風邪を引いて寝込む。そしてその影響で太る。

 

こんな感じでしょうか。

なんかこの半年で、自分の中の「べき」とか、「ーでなければ」という凝り固まったものが溶解して、「何でもいいやーん サバイサバーイ」、「先のこと憂いてもなんの足しにもならんやーん、なら今を楽しまななー」という感じ少しづつになってきました。

タイという国、ほんの一年前までなんの印象もなくて、いつか海外に住みたいという思いはいつまでも「いつか」でしかないんかな、ってぼんやり思ってて。

でも、思い切って行動してみてよかったと思う。

今はまだ、「20代で駐在できるなんて」とか、大きな分母のうちの分子に入れたところに意味があるように感じているけど

もちろん誰しもが得られる経験ではないことに価値はあると思うけど、でもそれだけで悦に入るんじゃなくて

自分が自分で選び取った道を自分で正解にして、それでじぶんがいつも幸せで在れればいいなって。そういう心境です。

さてまた半年、後半は何が起こるかな。

彼氏作りたいなぁと思って、バンコクに来てから6人くらいとデートしてるんだけど芳しくないなぁ。