ブログを書くことの意味

バンコクに来て6週目、社長の留守をいいことに会社から更新。

こちらに来てから今日まで、本当に目まぐるしかった。本当に今日が何月何日とか全然感覚がないし、(そして外はただただ暑いし)気がついたらこんなに経っていた。一応、今日が誰かのお誕生日だ、くらいの認識はあって、ラインでおめでとうって送ったりしてたんだけど。

最初の二週間は会社の裏にあるホテルに滞在して、その間に物件を探して、ひなまつりの日にお引越し。

不動産関係のやり取りも色々と悶着があって、(日本人が仲介してくれるのにタイ人クオリティな対応の嫌な仲介業者。もう使わん。)変なところで心のエネルギー使ってほんと疲れた。

 

いまは平日の午前中は毎日英語でタイ語の授業を受け、午後から形ばかり会社に出るような感じで。

授業が始まって最初のころはただただ週末が恋しくて、あと何日、あと何時間でお休み…って考えてた。大学を編入したころの事を思い出したな。

でも先週からそういう無理が効かなくなって、ついに水曜、会社をお休み。予習・復習とかも3月半ばから放棄。

とにかく頭が疲れすぎて。体も疲れてはいるんだろうけど、頭が疲れるってこんなんなんやなーって。今まで呆けてただけかも知れんけど振り幅大きいわ。

 

そして気ばかり焦ってかなりやつれてた。今も完全にそれがなくなった訳じゃないけど、3月半ばはかなり危機的状況だったんだろうと思われる。同僚のタイ人にも心配かけるし。

その危機感の内訳というのは、クラスメイトの英語ネイティブの人や、同じ企業派遣で日本から来てるけど学生ビザで来てタイ語の勉強しかしなくていい人に比べて、だんだん授業について行けなくなるんじゃないかという焦りとか。他の企業派遣の人に比べて待遇が悪いんじゃないかとか自分は頑張れるんだろうかとか日本の本社が自分に期待しすぎてるとか。そんなことがぐるぐる。

仕舞いには日本に居たころの人事評価にまでケチつけ始めて、いっこ年下の女の子を悪く言ってみたりとか。危険な状態。

今は落ち着いたけど、でも今でも「他人の評価軸に依存して、そして翻弄されて、疲弊している」所はなくなってなくて。それはよくないなと思っていて、なんかしなきゃなーと思っていて。

そんな折にふとこのブログの存在を思い出して読んでみたんだけど、地元に居たころの感情とかそんなものがばーっと思い出されて、ついこの間まで感じていたはずなのに忘れてたことを思い出させてくれて。

ブログをつづるってやっぱりよいなぁと思ったのでした。

 

ちなみに10年前に書いてたブログも発掘したんだけど、ややこしく考えて自分で物事を難しくしてる感じは変わらないなぁと思ったのでした。

10年前の私、いい大学にいきたくて、人並みになりたくて、って書いてあった。

タイで頑張ってるよと教えてあげたい。