ひと段落

学校でのタイ語学習が2ターム終わってひと段落。

先のタームの最終テストを終え、ターミナル駅を歩く最中、唐突として「私の生活する場所ってここなんだ」という実感がわいてきた。

今まではなんとなく宙ぶらりんな感じがしていて、一方では観光客のような、一方ではよそよそしいけどタイにすりよる部外者のような、そんな変な気持ち。

 

学校の次のタームは7月からなので、10日あまりは気持ちにも余裕がもてる、かな?

しいたけ占いに、6月は半期の集大成!とあってどんな未来が待っているんだろうと思ったけど、この「ひと段落」という気持ちこそが、はや4ヶ月がたったバンコク生活の集大成なんだろうなと思われる。

体調はずっと何かしら不調を抱えたままの状態で、トラブルも結構あったけれど、それは「大きな移動をしたやつにもっと試練をあたえてやるー うぉりゃー」てな感じで目に見えない大きな意思が動いたんだろう。そう思うことにする。

大きな動きは大きな斑紋をともなう。

バンコクに腰をすえて暫くたったら、その斑紋も収まるはず。

...苦しいさなかでも、よく頑張ったんじゃないかと思う、自分。

しょっちゅう帰りたいだのしんどいだの言ってたけど、そう言いながらやりきるのが私よな。東日本大震災のときもそうだった様に。

 

語学力の伸びに関しては、思ったより伸びてないんじゃないかというのが正直な感想。

三ヶ月あまりの学習期間で15分程度ネイティヴと会話を交わすことが出来るようになった、というマルチリンガルの方の記事を見てちょっとへこんだり。

マルチリンガルの方と比べるのはお門違いなのかもしれないけど、だけれども私は今全力でタイ語にコミットできてないしそれを渋ってる自分がいるのも然り、なんだよなぁ。

タイ語をやる動機が、まだ自分の中でいまいち明確にならないし、得られるものがあるという実感がないのよね。あーあー。

しかし、ここに来た事、来ると決断したことについては微塵も後悔していない。

きっとあのまま日本の片田舎に居るよりもずっと得がたくて貴重で有意義で、学びの多い時間を過ごさせてもらっているから。

ちょうど一年前だったな。社内公募に応募したのって。

メールを送った後、すごくドキドキして、ハラハラして、大変なことをしてしまったと思ったなぁ。

でも、自分は選ばれるはず、っていう確信めいた予感もあってだな。

 

今振り返ると、一年半だったからこそ、あそこにいた思い出はすごく暖かくていい記憶になってるなー。

また温泉入りに行きたい。人はいいし食べ物はおいしいし、第二の故郷って感じ。早いかな。

私にとってバンコクという舞台が第三の故郷となるように、今しばらく何も考えずにタイ語をやって、タイで生活して、それで色々なことについて知見を深めていけたらと思う。

タイ国内で一人旅に行きたいと思いつつ、駐在員の身分になってからはなんとなく気分的に動きづらい。

でも学生気分で居させてもらえる内にタイで遊んでおかないと!

 

そしてのらりくらりとでもブログをつづってきたおかげで、日本の本社に報告する定例レポートの出来がいいものになっている気がする。

役員も読んでいるとのこと、なんとなく人となりを知ってもらえるようで嬉しい。

 

私は何でもできるし優秀だし、恵まれている。そんなことをふと思った今朝の通勤路

 

飢餓に近い感覚で自分を追い込んでしまってた

例えば、私は日本に居た時、少なからず自分の仕事を恥ずかしく思っている節があって

それは自分の理想とする自分(響きの良い、実入りの良い、自分に合った仕事をしている)と、自分が実際に行っている仕事との間に埋められない溝があるように思っていたから

だから、それを一足飛びに埋められる現実があるかもと期待して海外赴任の選考に手を挙げて

そして今ここに来た

思えばここに至るまでに私を駆り立てた感情って、飢えて死にそうで、このままだと死んじゃうという感覚にも似た焦りというか、生きるための一縷の望みというか、そんな切迫した感情だったように思う。

だから、キャリアにおける理想と現実の溝を埋めるためにこれ(海外赴任)を選び取って、でも一方で結婚するという理想は脅かされそうで、そこで心のバランスをうまく取れなくなってしまった。

何が言いたいのかうまく捉えられなくなってきたけど

要するに、もうそういうのはやめよう、ってこった。

 

知的好奇心と冒険の為にここに来られた。

新しいことを知ることができた。

何て素敵。ただそれだけ。

何にならなければ、なんてことはないし、ただタイのぬるい風に揺られていればいいのだ。物事を簡単に考える。世の中は自分に甘い。私は幸運だ。

やらされてる、感

タイ語が楽しくない。

タイが心の底から好きにはなれない。

気付いてしまったら一気に瓦解してしまう様な気がして、ひたすら首を縦には振るまいとしている感じ。

「だいたい来て三ヶ月は誰でもハネムーン期間なものだけど。。。」といわれるけど、そんな期間やってこないなぁ

昨日タイマッサージに行ったらおっさん店員に首のマッサージのはずが胸まで揉まれ、更にはコンド専属のドライバーさんからしつこく個人的なラインが来て

でもそのどちらに対しても強硬な態度というのが取れないのよな。

自分を真珠か何か、とても大切なもののように扱うことができないものか。。。

 

この、大事な大事な私を傷つけるものは、何人たりとも許さん!このやろ!さわんなぼけ!見んな!くらいの心意気で居たいものだけれど。

 

すぐにはできないので、とりあえず私は熊みたいなおじさんになりたい。

性的な欲望の目線に晒されるの疲れる。

自分の行いを採点しなくてもいいのよ、私

最近、もめごとに巻き込まれてしまい、ここ一週間かなりストレスフルなやり取りを日本としておりました。というか自分で自分を巻き込んだ感ある。あほー。

そんなこんなですが今日の夕方エラワンにお参りして、全ての執着を放念しようとそう思いました。

そんなわけで明後日で28歳になります。楽しく元気でいくぞー。

楽しく元気、サヌックでサバイ。これ単純だけどとっても大事。

 

思えば私は今まで、自分の行いを詳らかに振り返っては「あれはああだから駄目だった、次からもっとこうしないと」と、端から悪いところ在りきの目で自分を見ていた。

でもそれもちょっと過剰だったなぁと思うところがあって

ierちゃんヨシヨシー、頑張ったけどこんななっちゃったんだね、次からもちょっとここをこうした方がなんか楽しくない?美しくない?てな感じで自分を甘やかして誉めそやしていこうと思います。

 

そんな感じで、最近男運上向き?な感じで嬉しい私。

誰かと付き合うとか、そろそろもう一度してみたいかも。

上司とも上手に距離を放していきたいところ。

グラップ イープン!

今週末は二ヶ月ぶりの日本へ!一時帰国。

でも実家には帰らず東京で買い物して遊んで終わりの予定。

昨日あたりからだんだん楽しみになってきたー

資生堂の日焼け止めなど買いだめしてくる予定。

 

いつまでタイにいるんだろう、って気持ちじゃなくて

タイを目いっぱい楽しみつくして、心残りなくなったら帰るときだな!それまで余すところなくたのしも!っていうマインドセットに変えていけたらいいなぁ。

 

昨日こちらの病院で日本人の女医さんにかかったのだけれど、その方いわくこちらで病院にかかる日本人女性の傾向として不定愁訴の人が多いようだ。

私もご多分に漏れずその内の一人なわけですが。

 

気持ちを整えるところから、まず一歩。

偉くなること

昨晩は私の今住んでいる家を仲介してくれた子とバーで一杯だけ飲んだ。

そこで将来どうしよかー、とかこのままじゃいけない気がするー、とかそんな話をして。

折りしも昨日のエントリに書いたように、私は今自分の中での「仕事」の位置づけに迷走中。

昨日書いたようなことをばーっと喋ってたんだけど、普段は他の人に「考えすぎ」とか「もうちょっと楽に考えたら」とか言われることも、彼は否定せずにわかるわかると聞いてくれ、考え方も少し似ているようだったので喋りやすかった。結論は出ないんだけど。

 

自分は自分の人生の時間を投じて、何を打ち立てたいんだろうなぁ。

いつも元上司に電話してつらつら自分の頭の中に浮かぶ言葉をそのまま喋るんだけど、考えすぎだとしか言ってくれんしそんなもんかなぁと思ってた。だけど、よく考えたら上司とは年代も置かれた状況も全然違うんだった。

そんな人に相談したところであんまりいい答えって返ってこんのかもなぁ。

でも今は色々話を聞いてもらう人が必要だから、ロボットか何かだと思ってもうしばらくは聞いてもらおうかな。

明確な答えがほしいなら、もう何かを打ちたてた人に、自分のあこがれる分野で活躍して実績のある人に聞かなきゃだめだよな。そういう人のアドヴァイスこそ取り入れるべきなのに、田舎のおじさんの言うことなんか知ったこっちゃないわって感じだな。

昨晩の彼は、私と同じように、若い頃に世界を見ておかなきゃ!ってことで現地採用でこちらに来た人で、やっぱりそういう人と私とでは考え方とか将来への危機感の抱き方とか少し似通っていて(もちろんバンコクにいる日本人の若者がみんな似通っているわけではないのだけれど)案外近くにそういう人っているんだなと思った夜。

 

あと、元上司の存在は私にとってカップラーメンみたいなもの。って自分で喋った例えに妙に納得してしまった。

おなかがすいた、何か食べたい、短時間でできて味もそんなにまずくないだろうと知っているカップラーメン

じゃぁ今はこれを食べますか、っていう。食べ続けてたら体壊すって知ってるし、なぞのお肉が入ってて怪しいのも知ってるんだけど。味付けも化学調味料でそれっぽいレベルにしてるだけだし。

ほんとはカフェで出てくるような、サラダチキンにゆでたブロッコリー、ゆで卵にナッツにドライフルーツ、ヨーグルト、みたいな食事が理想。だけど買いに行く元気も作る気力もない(そもそもどこに売ってんの、そのカフェどこにあんの、っていう)みたいな状態。

絶食でも生きていけるはずなのに、とりあえずカップラーメンで刹那的におなかを満たすことを覚えてしまった私。

 

昨日あのエントリを書いたあとに社長と喋ってて、「君はここの幹部候補生なんだから」と言われた言葉に、うーん、と唸ってしまった。

そのままそれなりに日本の親会社に残れば、わたしは10年後くらいにここの法人の幹部みたいな扱いになる。裁量はあるし給与は高いし有名な企業、でもそれって私がなりたい自分の姿か?

受身でいて得られる未来よりも能動的に切り開く未来のほうが素敵に思えるなぁ。

 

 

「楽しい」を仕事にする

近頃、自分の「楽しい」、を生業とすることについて考えている。

それは、私の中での{人生における仕事の位置づけ}が定まっていないことからも来る考えだと思うし、そして何より今の仕事を楽しめていないからこその悩みなんだと思う。...楽しんでたらこんなこと考えないよな。当たり前か。でも嫌いでもないような気がするんだよなぁ。

 

前々回くらいのエントリで書いたけれど、私は就職活動の際、自分が何をやりたいとか何が好きとか全然考えられずに、強迫観念みたいな感情から{どこか私を使ってくれるところ}を探していた。

でもって、世間体のためになんとか就職した仕事で、いま外国に来て、これまでとは違う圧が自分にかかったことによって仕事の楽しさってなんだろうとまた頭を悩ますようになって。

時を同じくして、副業についてすすめる本や記事を多く目にするようになったり。

(たぶんカラーバス効果だと思う)

でも、仕事を人生の必要悪だとかそういう風には思いたくないのよな。普通に九時五時で働くと仮定して、人生の大部分の時間を費やすわけだし。

いまの私は、きっと世間体のために働いてるんだろうと思う。

そんな中でふと目にした転職媒体の広告に「とりあえず三年、の三年が過ぎました」とキャッチコピーがあって。

大事な大事な自分の人生の時間で、墨汁を水で薄めるような、そんな期間があっていいのかなぁって。

それを楽しめてるならいけど、そうじゃないならもったいないよなぁって。

多分このコピーに反応してしまう自分は、おそらく心のどこかで、このコピーに少しの共鳴と恐怖とを感じてるんだろうと思う。

 

それでもって今後の課題

①いまの仕事を楽しめるようにする。

 

・仕事内容を選ぶ

...幸い、今はタイ語の勉強メインで実質的な業務には携わっていない状態で、一年後にどの部署に行きたいか希望を出せる裁量をもらっている。そんな機会って日本のサラリーマンにめったに巡って来ないチャンスだと思うので、「自分はこの分野のスペシャリストだ!」って後々言えるような、そんな分野に進みたいなぁと思う。でもその選択の際にも、「日本で転職活動したとしてこの職種で引き合いあるかな」とか考えちゃう自分が悲しい。

自分の楽しい、と、世間の引き合いとがマッチすれば最高だ。働くからには平均より高い給与がほしい。

マインドセットなどを変える

...会社が定めた目標をそのまま自分の目標にしない。会社は私の力をそのまま全て評価してくれるわけではないから。

たとえばタイ語の学習。将来の企業のためとか転職のためとかタイの大富豪と結婚するためとか強かな裏目標を持つ。それをモチベーションにする。

 

②いまの仕事以外の場所で、二枚目の名刺を持つ

 いきなり何も定まらずに会社を飛び出す勇気はないので(そもそも、だからこそ社内転職してバンコクに来たんだ)、会社外のネットワークで、報酬を得ずとも自分の携わっていきたいことのコミュニティを持つ

 

自分は何に心惹かれ、何をしたときに満足したかを考える。

何がすきか。

ソンクラン連休のとある日、深夜二時。ヴォイシーというラジオアプリで経沢さんの声を聞きながらぼーっと考えてた。

二年ほど前に転職活動をしていた頃の、親友の言葉を思い出した。

「あなたは、アートとか、そういうセンスの問われる分野にかかわるのがいいんじゃないかと思う」、と。

当時私は士業をやっている人と別れたばかりで、その人の幻想を追いかけてコンサルとか法律事務所とかそんなところの事務補佐みたいな求人にばかり応募していた。

だからいまいち親友の言葉が響いてこなかったんだけど、今になっていろいろフラットに物事を見られるようになって、その言葉が思い出された。

 

私はきれいなものが好きだ。

今でも、二年前にほんの数社応募して、そしてご縁のなかったアート系の会社というのはよく覚えてる。

(そのブランド名を街でよく目にするから忘れられないっていうのもあると思うけど)

フランスの銀食器ブランドだとかクリスタルガラスのブランドだとか、オートクチュールのワンピースを作るデザイナーの事務所だとか。

そして自分の顔でさえ、数ミリの差が生み出す美というものにこだわって修正してみたり。(男性は誤解する傾向にあるけど、整形というのは決して異性にもてる為にやっているのではない。少なくとも私は。)

そういう意味で、自分が美しいと思うものを扱う仕事、それにかかわれる仕事っていうのはいいなぁ、楽しそうだな、と思ったり。

 

自分には趣味というほどの趣味がないから難しいかも、って思ったけど、探せば、人と比べて強い嗜好のあるものって色々あるんだろうな。

自分の持っている能力もまた然り。

 

昨日偶然目にした動画、ダイエットに成功した芸能人がその成功の秘訣について語っていたんだけど、

「自分はこんなに太ってるから必ず痩せなきゃ、ってマインドでダイエットに取り組むよりも、自分は今のままでの十分可愛いんだけど、ダイエットをしたらもっと可愛くなれる、って思ったほうがいい」と。

これと同じことが他のことにも当てはまるよなぁ、と。

 

私は英語も出来るし海外で暮らすことも出来るんだけど、もう一個タイ語も喋れるようになったらもっと世界が広がって、より更に素敵な自分になれる、って。

そんでもって今の計画では、20代のうちに英語とタイ語ネイティヴレベルにして、その後中国語とフランス語を学んで行きたいな。

こちらに来て日本人男性とデートしてみたり、タイ人の女優さんの可愛い赤ちゃんをインスタで眺めたりしているけど、私が妻となり母となる日はもうちょっと先延ばししてもいいかなぁと。

それより先に、自分自身が人生を楽しく謳歌することを知らなくちゃ。

でなきゃパートナーにも子供にもそれ伝えられないから。

 

雷鳴とどろくバンコクより。おわり。