偉くなること

昨晩は私の今住んでいる家を仲介してくれた子とバーで一杯だけ飲んだ。

そこで将来どうしよかー、とかこのままじゃいけない気がするー、とかそんな話をして。

折りしも昨日のエントリに書いたように、私は今自分の中での「仕事」の位置づけに迷走中。

昨日書いたようなことをばーっと喋ってたんだけど、普段は他の人に「考えすぎ」とか「もうちょっと楽に考えたら」とか言われることも、彼は否定せずにわかるわかると聞いてくれ、考え方も少し似ているようだったので喋りやすかった。結論は出ないんだけど。

 

自分は自分の人生の時間を投じて、何を打ち立てたいんだろうなぁ。

いつも元上司に電話してつらつら自分の頭の中に浮かぶ言葉をそのまま喋るんだけど、考えすぎだとしか言ってくれんしそんなもんかなぁと思ってた。だけど、よく考えたら上司とは年代も置かれた状況も全然違うんだった。

そんな人に相談したところであんまりいい答えって返ってこんのかもなぁ。

でも今は色々話を聞いてもらう人が必要だから、ロボットか何かだと思ってもうしばらくは聞いてもらおうかな。

明確な答えがほしいなら、もう何かを打ちたてた人に、自分のあこがれる分野で活躍して実績のある人に聞かなきゃだめだよな。そういう人のアドヴァイスこそ取り入れるべきなのに、田舎のおじさんの言うことなんか知ったこっちゃないわって感じだな。

昨晩の彼は、私と同じように、若い頃に世界を見ておかなきゃ!ってことで現地採用でこちらに来た人で、やっぱりそういう人と私とでは考え方とか将来への危機感の抱き方とか少し似通っていて(もちろんバンコクにいる日本人の若者がみんな似通っているわけではないのだけれど)案外近くにそういう人っているんだなと思った夜。

 

あと、元上司の存在は私にとってカップラーメンみたいなもの。って自分で喋った例えに妙に納得してしまった。

おなかがすいた、何か食べたい、短時間でできて味もそんなにまずくないだろうと知っているカップラーメン

じゃぁ今はこれを食べますか、っていう。食べ続けてたら体壊すって知ってるし、なぞのお肉が入ってて怪しいのも知ってるんだけど。味付けも化学調味料でそれっぽいレベルにしてるだけだし。

ほんとはカフェで出てくるような、サラダチキンにゆでたブロッコリー、ゆで卵にナッツにドライフルーツ、ヨーグルト、みたいな食事が理想。だけど買いに行く元気も作る気力もない(そもそもどこに売ってんの、そのカフェどこにあんの、っていう)みたいな状態。

絶食でも生きていけるはずなのに、とりあえずカップラーメンで刹那的におなかを満たすことを覚えてしまった私。

 

昨日あのエントリを書いたあとに社長と喋ってて、「君はここの幹部候補生なんだから」と言われた言葉に、うーん、と唸ってしまった。

そのままそれなりに日本の親会社に残れば、わたしは10年後くらいにここの法人の幹部みたいな扱いになる。裁量はあるし給与は高いし有名な企業、でもそれって私がなりたい自分の姿か?

受身でいて得られる未来よりも能動的に切り開く未来のほうが素敵に思えるなぁ。

 

 

「楽しい」を仕事にする

近頃、自分の「楽しい」、を生業とすることについて考えている。

それは、私の中での{人生における仕事の位置づけ}が定まっていないことからも来る考えだと思うし、そして何より今の仕事を楽しめていないからこその悩みなんだと思う。...楽しんでたらこんなこと考えないよな。当たり前か。でも嫌いでもないような気がするんだよなぁ。

 

前々回くらいのエントリで書いたけれど、私は就職活動の際、自分が何をやりたいとか何が好きとか全然考えられずに、強迫観念みたいな感情から{どこか私を使ってくれるところ}を探していた。

でもって、世間体のためになんとか就職した仕事で、いま外国に来て、これまでとは違う圧が自分にかかったことによって仕事の楽しさってなんだろうとまた頭を悩ますようになって。

時を同じくして、副業についてすすめる本や記事を多く目にするようになったり。

(たぶんカラーバス効果だと思う)

でも、仕事を人生の必要悪だとかそういう風には思いたくないのよな。普通に九時五時で働くと仮定して、人生の大部分の時間を費やすわけだし。

いまの私は、きっと世間体のために働いてるんだろうと思う。

そんな中でふと目にした転職媒体の広告に「とりあえず三年、の三年が過ぎました」とキャッチコピーがあって。

大事な大事な自分の人生の時間で、墨汁を水で薄めるような、そんな期間があっていいのかなぁって。

それを楽しめてるならいけど、そうじゃないならもったいないよなぁって。

多分このコピーに反応してしまう自分は、おそらく心のどこかで、このコピーに少しの共鳴と恐怖とを感じてるんだろうと思う。

 

それでもって今後の課題

①いまの仕事を楽しめるようにする。

 

・仕事内容を選ぶ

...幸い、今はタイ語の勉強メインで実質的な業務には携わっていない状態で、一年後にどの部署に行きたいか希望を出せる裁量をもらっている。そんな機会って日本のサラリーマンにめったに巡って来ないチャンスだと思うので、「自分はこの分野のスペシャリストだ!」って後々言えるような、そんな分野に進みたいなぁと思う。でもその選択の際にも、「日本で転職活動したとしてこの職種で引き合いあるかな」とか考えちゃう自分が悲しい。

自分の楽しい、と、世間の引き合いとがマッチすれば最高だ。働くからには平均より高い給与がほしい。

マインドセットなどを変える

...会社が定めた目標をそのまま自分の目標にしない。会社は私の力をそのまま全て評価してくれるわけではないから。

たとえばタイ語の学習。将来の企業のためとか転職のためとかタイの大富豪と結婚するためとか強かな裏目標を持つ。それをモチベーションにする。

 

②いまの仕事以外の場所で、二枚目の名刺を持つ

 いきなり何も定まらずに会社を飛び出す勇気はないので(そもそも、だからこそ社内転職してバンコクに来たんだ)、会社外のネットワークで、報酬を得ずとも自分の携わっていきたいことのコミュニティを持つ

 

自分は何に心惹かれ、何をしたときに満足したかを考える。

何がすきか。

ソンクラン連休のとある日、深夜二時。ヴォイシーというラジオアプリで経沢さんの声を聞きながらぼーっと考えてた。

二年ほど前に転職活動をしていた頃の、親友の言葉を思い出した。

「あなたは、アートとか、そういうセンスの問われる分野にかかわるのがいいんじゃないかと思う」、と。

当時私は士業をやっている人と別れたばかりで、その人の幻想を追いかけてコンサルとか法律事務所とかそんなところの事務補佐みたいな求人にばかり応募していた。

だからいまいち親友の言葉が響いてこなかったんだけど、今になっていろいろフラットに物事を見られるようになって、その言葉が思い出された。

 

私はきれいなものが好きだ。

今でも、二年前にほんの数社応募して、そしてご縁のなかったアート系の会社というのはよく覚えてる。

(そのブランド名を街でよく目にするから忘れられないっていうのもあると思うけど)

フランスの銀食器ブランドだとかクリスタルガラスのブランドだとか、オートクチュールのワンピースを作るデザイナーの事務所だとか。

そして自分の顔でさえ、数ミリの差が生み出す美というものにこだわって修正してみたり。(男性は誤解する傾向にあるけど、整形というのは決して異性にもてる為にやっているのではない。少なくとも私は。)

そういう意味で、自分が美しいと思うものを扱う仕事、それにかかわれる仕事っていうのはいいなぁ、楽しそうだな、と思ったり。

 

自分には趣味というほどの趣味がないから難しいかも、って思ったけど、探せば、人と比べて強い嗜好のあるものって色々あるんだろうな。

自分の持っている能力もまた然り。

 

昨日偶然目にした動画、ダイエットに成功した芸能人がその成功の秘訣について語っていたんだけど、

「自分はこんなに太ってるから必ず痩せなきゃ、ってマインドでダイエットに取り組むよりも、自分は今のままでの十分可愛いんだけど、ダイエットをしたらもっと可愛くなれる、って思ったほうがいい」と。

これと同じことが他のことにも当てはまるよなぁ、と。

 

私は英語も出来るし海外で暮らすことも出来るんだけど、もう一個タイ語も喋れるようになったらもっと世界が広がって、より更に素敵な自分になれる、って。

そんでもって今の計画では、20代のうちに英語とタイ語ネイティヴレベルにして、その後中国語とフランス語を学んで行きたいな。

こちらに来て日本人男性とデートしてみたり、タイ人の女優さんの可愛い赤ちゃんをインスタで眺めたりしているけど、私が妻となり母となる日はもうちょっと先延ばししてもいいかなぁと。

それより先に、自分自身が人生を楽しく謳歌することを知らなくちゃ。

でなきゃパートナーにも子供にもそれ伝えられないから。

 

雷鳴とどろくバンコクより。おわり。

 

 

 

ここにきて顕在化した虚栄心みたいなもの

四月、社内の資格級みたいなものが公表されて、私は去年と同じところにステイ。

それでもって今この資格級について看過できないことがあって、それは、ある女性(ひとつ年下)の子が私より一個上の階級に居るってこと。逆転されている事実を不意に知ってしまった。(別に隠されているわけじゃないんだけど)

 

バンコクじゃなく東京でもなく、日本の片田舎で働いていた時の資格級なんて忘れたらいいのに、なぜか私はこのことがここ一週間うまく処理できないでいる。

もちろん私の評価が相対的に低いわけじゃなくて、入社20年にして私よりひとつふたつ上の階級に留まっている女性もたくさんいて(というか男性主体の会社なのでその辺の階級で何十年も留まっているのは珍しくない)

彼女が過分に評価されすぎている(風に思える)ことが私はいやなんだ。

そういう不条理に、今まであまり遭遇してこなかったからかもしれない。

今、私は見えない尺度と戦っていて、結果がすぐには現れない試みに自らを投じてしまった。

だからこそ自分の中でしっかりした尺度(自分で自分を正しく認め、ほめる)を持たなきゃいけないのに、これまでの評価にしがみついて刹那的な安心感を得たくて、でも彼女の存在からそうはできなくて、そこまでわかっているのに彼女に嫉妬してしまう。

どうして「私の選んだ道は正しい」と言えないのか。

どうして彼女を個人攻撃したい衝動が競り上がってくるのか。

なんかまだまだ不安定だなぁ私。

 

あなた社内の試験を勝ち抜いて駐在員のポストを勝ち取ったんじゃない。十分優秀じゃない、って人はいうけれど。

それは社内での競争の話。

じゃぁ自分の幸せの尺度としてはここに駐在するってことはどのくらいのことなの?っていう。

幸せは自分の心が決める。それは理論としてわかっている。

何が問題かも認識できているつもり。言語化も。

じゃぁそれをどうやって胎落ちさせたらいい?

 

 

自分なりの評価軸をどこに見つけたらいい?

語学学習というのは一朝一夕に成果があがるものではなくて、邪でもいいからそれなりに強い動機が必要で、(同僚のタイ人は日本人の彼女がほしくて日本語学習を始めたそう)、気楽に構えることが必要なのかな。

 

大学生のころ、就職活動をしているときにセミナーか何かで言われたのは、「(世間一般で言われる)いい会社に入ることをゴールにしないで、その先の、会社に入って達成したいことを考えなさい」ということだった。ゴールを先(達成したいこと)に設定すれば その過程にある障壁を必要以上に高く感じたりせず、またどの道を今自分が辿るべきかよく見える、という趣旨のことだったと思う。

私が就職活動をしていた当時は3.11の震災直後ということもあり内定率が低迷していた時期で、当時の私は、「もうどこの会社でもいいから(とにかく何となく聞こえのいい会社に)就職したかった」。たぶん他の多くの同級生も同様で、とにかく職にあぶれるのが怖くて、お祈りメール一つで社会に否定されたように感じられて、そんな雰囲気を感じ取ってのセミナーでの指導だったのだと思う。

 

そして、私はその指導をよそに(というか腹の底からは理解できず)(なんとか)(何となく有名な会社に)就職をして、海外駐在するまでになった。

そんなんで、散乱した話をまとめますと

今言いたいのは

①ある結果を得たいがためにその地点ばかりに執着するより、その先にあることを見据えたほうが最終的に得たい結果を手に入れやすいのではないか、ということ

②(世間一般で)、という前置きにばかり左右されていないで、自分なりのスケールを意識して持ったほうが生き易くなるのではないか、ということ

 

①②ともに、今は主にタイ語学習の到達度のことを指して。

今私のゴール(というか形としての社命)はタイ語のマスター。マスターってーのは検定のある級の取得。あくまで形として。

だけど、社命としてのゴールを自分のゴールと混同しちゃ行けないんだと思う。

最近嵌まってた穴、一年後に、会社の設定した検定級を取れるかどうか。

これにに固執しちゃって、タイ人と喋るより教科書を読んでは不安になってというサイクルをまわしていた。つい最近まで。(正確に言うと今も完全には抜けてない。)

そうこうしている内に、なぜか英語でタイ語を習うという障壁はどっかへ行ってしまい、今では普通に英語で授業を受けている。

一年半前は英会話のクラスでもやっとついて行っている状態だったのに、面白い話である。

(しかし英会話教室にはちゃんと通っていた、えらいぞ私)

そんなことを思うに、私はタイ語が出来た暁にしたいこと、が欠落してるからその手前のフェーズでぐだぐだしちゃうんだろうか、と思う。もっといい意味で、自発的なゴールがもてたらその過程も楽しめる、というか苦楽すら感じないんだろうか、とか。

副次的なものとして語学力がついてくる感じにしたいわけです。

 

そんでもって、「今日は胃が痛くて朝ごはんも食べれんかったけど、ちゃんと学校に行った、えらいぞ私☆」みたいな自己評価が出来んから、「あの企業派遣の人より私のがタイ語出来んかもしれんウボァ」みたいな感じで他人と比べて焦燥感で自分を駆り立ててしまう。目の前にあるよくわからない、そして借り物の評価基準に飛びついて、翻弄されて、疲弊してしまう。

 

だから、ちゃんと自分で自分を正当に評価できるようになりたいと思う。

正当に評価できたら、きっと私の中での私の評価は上がるから。

世の中にはすごい人が居て、名門高校から東大、そして5大商社へ、みたいな人も確かに存在する。(隣のクラスに)

でもそれは私ではない、すごいっていうのは日本の枠組みのなかで。(でもすごいことはすごい。それを否定したいのではない。)

私のオーナーは私で、私を導くのも、ケアするのも、全部私。

だから私は誰かの中の私ではなくて私として私があること、をもっともっと貴ばなければならないと思う。

 

そんでもって、その大事な大事な自分がよしとするもの、これをまず一個、挙げてみようではないか。

そしたら、そこに向かってはだしで駆け出してみてもいいんではないか?

 

さっき日本の偉い人(来泰中)と面談して、とくに深い話もしてないのに涙ぐんでしまった。休職の話まで出てくるし、(あくまで選択肢としてこういうのもあるからあんまり悩むな、って例だと思う)自分は弱い子だ、って思われたかなって怖くて。

でも、弱いのはまぁしゃーないとして、それも自分の一面だって認めた上で他人に開示して、それでも前に進むのが私だと思う。

イメージとしては、絹豆腐に手足が生えてるのが私。

メンタルがプルプルで、歩いてるうちに欠けちゃって、ぽろぽろ欠片を落としながら進む。でも歩みは止めないしプルプルなのも隠さない。そんな感じ。

 

耳鳴りがし出した体でつらつら。大丈夫か私。頭も体も。

ブログを書くことの意味

バンコクに来て6週目、社長の留守をいいことに会社から更新。

こちらに来てから今日まで、本当に目まぐるしかった。本当に今日が何月何日とか全然感覚がないし、(そして外はただただ暑いし)気がついたらこんなに経っていた。一応、今日が誰かのお誕生日だ、くらいの認識はあって、ラインでおめでとうって送ったりしてたんだけど。

最初の二週間は会社の裏にあるホテルに滞在して、その間に物件を探して、ひなまつりの日にお引越し。

不動産関係のやり取りも色々と悶着があって、(日本人が仲介してくれるのにタイ人クオリティな対応の嫌な仲介業者。もう使わん。)変なところで心のエネルギー使ってほんと疲れた。

 

いまは平日の午前中は毎日英語でタイ語の授業を受け、午後から形ばかり会社に出るような感じで。

授業が始まって最初のころはただただ週末が恋しくて、あと何日、あと何時間でお休み…って考えてた。大学を編入したころの事を思い出したな。

でも先週からそういう無理が効かなくなって、ついに水曜、会社をお休み。予習・復習とかも3月半ばから放棄。

とにかく頭が疲れすぎて。体も疲れてはいるんだろうけど、頭が疲れるってこんなんなんやなーって。今まで呆けてただけかも知れんけど振り幅大きいわ。

 

そして気ばかり焦ってかなりやつれてた。今も完全にそれがなくなった訳じゃないけど、3月半ばはかなり危機的状況だったんだろうと思われる。同僚のタイ人にも心配かけるし。

その危機感の内訳というのは、クラスメイトの英語ネイティブの人や、同じ企業派遣で日本から来てるけど学生ビザで来てタイ語の勉強しかしなくていい人に比べて、だんだん授業について行けなくなるんじゃないかという焦りとか。他の企業派遣の人に比べて待遇が悪いんじゃないかとか自分は頑張れるんだろうかとか日本の本社が自分に期待しすぎてるとか。そんなことがぐるぐる。

仕舞いには日本に居たころの人事評価にまでケチつけ始めて、いっこ年下の女の子を悪く言ってみたりとか。危険な状態。

今は落ち着いたけど、でも今でも「他人の評価軸に依存して、そして翻弄されて、疲弊している」所はなくなってなくて。それはよくないなと思っていて、なんかしなきゃなーと思っていて。

そんな折にふとこのブログの存在を思い出して読んでみたんだけど、地元に居たころの感情とかそんなものがばーっと思い出されて、ついこの間まで感じていたはずなのに忘れてたことを思い出させてくれて。

ブログをつづるってやっぱりよいなぁと思ったのでした。

 

ちなみに10年前に書いてたブログも発掘したんだけど、ややこしく考えて自分で物事を難しくしてる感じは変わらないなぁと思ったのでした。

10年前の私、いい大学にいきたくて、人並みになりたくて、って書いてあった。

タイで頑張ってるよと教えてあげたい。

 

言動ではなく行動を見よ。そいつは毒親ならぬ毒上司だ。

フランスから年賀状が届いて嬉しい今日この頃。宛名にJAPONって書いてあるのが無性にかわいい。

 

さて、禊の意味を込めて、年末の失敗談を詳らかに書きます。

ハワイ行きの前に、カウンセラーさんから「上司のことが好きなんじゃない?」と問われ思わず泣いて、その日はずっと、カウンセラーさんに言われた「どこかで本人にその思いを伝えるべきよ」「きっと貴方はボスのこと好きなのよ」というアドヴァイスが延々と頭を巡って。

カウンセリングを受けたのが12/16、その後17日18日ともやもやもやもや悩んでめそめそ泣いて、18日の夜、寂しさ余って遂にボスへ「少し話せますか」とラインでメッセージを入れる。約二か月ぶり。

寂しさの裏には、この日から後任の方への本格的な業務引き継ぎが始まり、いよいよ私はここからいなくなるんだ、という実感が一気に出てきたこともあり。

 

30分ほど返事がないのでお風呂に入っているうち、向こうから着信があって。気付いた時には着信から一時間後。今はもう家に帰っているかも、電話したら、お子さんが聞いちゃうかも、など考えてこちらからは連絡出来ず、「また今度」と入れてその日のやり取りは終了。

その夜はたまらなく寂しくって、ラインの連絡先を消して(そもそも連絡先を登録してるからヒステリック起こしたときに連絡しちゃうんだ)、ずーっと泣いた。雨がざぁざぁ振って余計寂しくて。

家庭のある人と恋愛するとこんな思いするんだ、ってすごくみじめな気分だった。

でも友達にこの顛末を話したら、「電話して何話す気だったの?正気じゃないよ。電話取れなかったのはご先祖様が助けてくれたんじゃないかってくらいの幸運だったよ!」と言っていて。その時はいまいち意味が分からずに居たけれど。

 

ハワイに旅立つ直前、12/20のお昼にボスから電話。連絡先を消してたので、てっきりヤマトの人かと思って出たら不意打ち。

「あの日、どうしたの?」と問うボスに、「解決しました。ありがとうございました」と答えて30秒もせず通話終了。

もやもやもやもやしながらハワイへ。

そして気分どん底の一人ハワイへ。その後は前々回更新したブログの通り、お姉さんと合流して気分が少し良くなったのだけれど

そして日本に戻って27日から29日まで仕事。

28日、私が一人になる時間を狙って、ボスが職場にやってきた。

そしてそこで何を思ったか、私は上記の顛末をボスに喋ってしまう…。

そこでまたボスが調子に乗って、「嫌われたんだと思ってた。今の話を聞いて、またお前を好きになった」「勝手に関係を終わらせないでくれる?」「奥さんよりもお前を愛してる」など言ってくる。

「体の関係なしで済むなら、またデートしたい」「自分をオリエント工業の人形みたいに扱わないで。心が壊れる」と答える私。

その時ボスは、わかったと返事をしたけど、後にぜんっぜん分かってない(分かる気もない)ということが嫌ほど知らされる。

 

 29日の夕方、仕事納めのあと。

なぜか私はボスの隣でワインを飲んでいた。何でかってーと、28日にボスが社用携帯電話を私の仕事場に忘れていったから。

仕事が納まって飲んでる上司のもとへ、携帯を届けに来た私は結局座れと言われ、そして飲まされる。

たぶん携帯を忘れたの、わざとじゃないかなと思うんだけど、まんまと飲まされてホテル連れてかれてその後はパッパラパーですわ。体の関係なし発言とか、昨日の今日で吹き飛んでるし。

でも、不思議と28日から年明けは胸のざわざわが無くなって、すっきりした気持ちで過ごせたんだ…死にたいとかも思わなかったし。

そしてまた1/4頃から死にたさ復活。

 

そして気づいたんだ、もしかしてこの関係って、「毒親とその子」に親和性のある関係じゃないかって。

上司のことは好きだと思う。でも、その好きって異性へ向けられるものじゃなくて、親に向けられるものに似ている。

認めてほしくて、褒めてほしくて。

でも向こうが求めているのは完全に一時の快楽。

それをちゃんと理解して、本当にもう金輪際、体の関係は持たないようにしないと。強くなれ私。

 

私はあなたに認めてほしいから近づいて、そして脱げと言われれば脱ぐけれど、本当はこんなことしたいんじゃないんだよ。

あなたはこういうことがしたいが故に私を必要とするんだろうけど。

 

「海外に行って、それでお前は結婚できるの?」

「後輩の○○ちゃん、今度結婚するらしいけどお前は?」

「奥さんと別れたら、結婚してやってもいいよ」

「お前、一度結婚目前まで行って破局してるもんな」

海外へと踏み出す、不確かな将来が不安で仕方ない私の心の隙へ、こういう言葉で見事に冷たい水を流し込んだ上司。

そう言われて、「本当だ、私結婚できないかもしれない」→「独りは寂しい。奥さんの居る人でもいいから隣にいてほしい。必要としてほしい」という風に思ってた。

自分でコントロールしているはずの関係は、その大前提でボスにマインドコントロールされてたんやなぁ。

えらい消耗する、全く建設的でない関係、そんなんも存在するんやな。

糧にして、もう振り返らないようにしたい。

送別会で、平気な顔して笑いたい。元の私に戻って。

帰国便の中で長々考える。

私の価値、という話の続きで、
「私が推測する、私が2度の面接を通じて海外赴任に選ばれた理由」

①日本語を使う能力が高く、現地語を習得しやすそうだから。

勝手な考えですが、母国語がうまく扱えない人はそこに他の国の言葉を足そうとしても、うまく扱えないような気がして…。
第二言語を学ぶときも、やっぱり母国語がベースとなって言葉を構成したりするものだと思うので、面接でも日本語の能力を見られたんじゃないかというのが一点
私は、日本語のインプットが人より多いんだと思います。だから高いレベルでアウトプットする事が出来る。
加えて、TOEICのスコアがそこそこあることから、英語も出来るしタイ語も大丈夫でしょ、という感じかな。

②人当たりがよく礼儀正しいので、現地でも会社の代表として対外的なイメージを良く持つことができそうだから

二回の面接の際、私は面接前に美容院に行き、髪をアップスタイルにまとめてもらいました。イメージとしては、夜会巻きのような感じ。
面接官には、「あなたは良家のお嬢さんに見えるが、そんなお家であれば両親が赴任を反対したりしないか」と散々聞かれました。
それに対して、「良家かは解らないがしっかりと育ててもらった。私の意志を尊重してくれる家庭だ。問題ない」というようなことを答えた気がします。質問は一例として挙げましたが、上品で、しっかりして見えるようです。(そういう風に自分をプロモーションして見せたので、当たり前といえば当たり前ですが)
そして、それをここでは人当たりの良さと表現してみました。

秘書検定の一級を取っていたこと、面接後に面接官一人ひとりにお礼状を書いたことも加点ポイントかと。書道の段を持っているので、きれーーーな字で書きました。

③直近に現地を旅行した経験があるので、行ったことのない場所に住まわせるよりもリスクが低いのではないか

これはもう、運ですな。
面接の半月前に現地を旅行していたので、「たくさんの国に出かけたが、その中でも特にいい印象だった」と言えたことと、一人でたくさんの国に出掛けている行動力とかが買ってもらえたかな。


…書いてると楽しくなってきました。
自分を前向きに評価できるって、楽しいことかも。

上記3要素の他にも、社内の勤務評価がよかったことや、新卒で入った社員だったことなどいろんな要素があるかと思いますが、やっぱり一番は、「応募したから選ばれた」、これに尽きるでしょう!
なんでもやってみるもんだな。
今年は本当に、いろんなことに「色々考える前に、やってみる」ことが出来た一年でした。はなまる。

来年の目標はどうしようか。
まずは、タイ語検定の一級をとること。資格としてでなく、ビジネスで使える技量に。

そしてシンプルに、如何なるときも、自分が幸せか?を軸に判断すること、かなー。

…そんなこんなで、いいかしら。