瞼の整形二回目とドイツ旅行

先週木曜日に瞼のたるみ取り手術をして、てっきり数日で腫れが引くものだと思っていたら読みが甘く。すんごい目で出社したんでみんな何かを悟っているだろう。

そんなこんなで頭痛もひどく、腫れもガチャピンみたいなことになっているので何をするにも億劫で。

一か月後に迫ったドイツ旅行もまだ宿を取っていないありさま。

ずーっと「あれをしなきゃ」という事柄を頭の中に抱えていて、結局何も進捗芳しくない。

もう一週間もしたら目も落ち着くだろう。もうこれに懲りて安易に整形しない。歯は矯正したいけど。

前回の更新から約20日、冷戦も向こうの謝罪により終結

正直、がんばって関係を絶とうと思っていたけど、物理的に交わらずによき人生の、会社の先輩として付き合っていけばいいのではないかという結論に達する。

本当は、20日までにパスポート取りに行って(夏休みで時間も沢山あるだろうしね)、取ったパスポートの写真のひとつでも送ってきやがれと思っていたけど、そこまで思いが通じるほど聡くは無かった様子。まぁもうなんでもいい。

最近、彼氏が出来た。三年半ぶり二回目。

彼は車を持っていて(大層高いのではないかと思われる)、それでどこにでも連れて行ってもらえるので大変ありがたく、また新しい世界を開いてくれるように思う。

ただ、難点なのは、結婚とかそういうワードをすぐに口走って若干重いこと。

あと、私が日本人であるからこそ好かれたのではないか?という疑念が拭い去れないこと。

 

自分の頭の中を満たす世界が、現実世界にも広がっていく。

だから自分を楽しい世界に浸して。とはたまに会う日本人の男性の言。

憤っている(二ヶ月ぶり数回目)

タイトルにあるとおり、私は今、憤っている

ボスに対して。

5月、私はボスとある約束をして、その約束の期限を7月末に私が一時帰国するまでとした。

パスポートを持っていないボスがそれを作るというもの。難しくないし強制もしていない。でも、彼は私と確かに約束をした。そしてそれを反故にした。

 

別にパスポート取ったからって今すぐタイに来いなんていわないし、きっとこの先もずっとこちらから来いとは言わない。

だけど私と約束を交わしたのは彼で、私に対する気持ちがあるならそれは必ず守られるべきだったと思う。

 

そんなんで、二ヶ月ぶりに彼を完全に無視している。くっそむかつくわ。

彼のことになると言葉がどれだけでも汚くなる。

彼に私の感情を乱す権限はないし、言葉だけ謝っても飄々としてるし、久々に自分の怒りを制御できなくて困っている。

 

そもそも私はこちらに来るとき、これでボスと切れられると思っていたのではないか?

それがなんで、こんなことになっているんだ?

私が弱いから、きっぱり切れないんか?

何にせよ過去のブログを読み返しても彼の態度は一環にして誠意に欠けるものだし、私もいい加減に目を覚ますべきなのだ。

それにしてもくそむかつく。

大切な私の日常を乱してくれるな。

2018年上半期を振り返る

今週のお題「2018年上半期」

もう半分終わりかいな、とお題を見てやっと自覚した。そいうえばさっきお給料振り込まれてたな。6月末だ。

上半期の出来事といえばやっぱり「バンコクへのお引越し(転勤)」が一大トピック。

多分、自分の人生年表においても大きなトピックなんじゃないかな。怒涛の半年間を振り返り。

 

1月、送別会をしてもらう。立派なお皿(寄せ書きつき)をもらう。

ヤクルトのおばさんとか西濃のおじちゃんとか、会社以外の人からも餞別?をいただいたり。(お礼が言えてないのでいつか何かしたいなと思っている)

2月、大雪の中、東京へ引越し。半月だけ東京本社へ出社。

会社が用意してくれた仮住まいが辺鄙なところ過ぎ、通勤ラッシュの山手線に音を上げて一週間だけ目黒の知り合い宅に転がり込む。ドアtoデスクで30分

ボスが東京に来て四日間ずっと一緒に遊ぶ。箱根の温泉に行く。

月末に、バンコクへ。100リットル要領のスーツケース2つのみで引越し。ホテル住まい。なぜかおばけに怯える。

3月、住む家を決める。メイドさんが週三回お洗濯・お掃除・皿洗いやアイロンがけまでして下さって、プール・ジムつき、近辺へは車で送ってもらえる、そんなところ。

タイ語の授業始まる。ペースが速いし、頭の中でタイ語→英語→日本語に二回言葉の意味を変換しないといけないし、こんがらがる。

眠れなくて睡眠薬を使って眠る日々

4月、タイ語のクラスが1ターム終了。…の直前に筋肉が凝り固まりすぎて筋弛緩剤を飲んで生き延びる。以降、ちょっとだけ(物理的にも精神的にも)肩に入った力が抜ける。月末に一時帰国

5月、一時帰国から時を置かずして祖父が泣くなり緊急帰国。一週間に二回帰国する。

タイ語の授業が2ターム目となる。

来泰直後によく面倒を見ていただいた社長が本気国。その第一報を聞いたとき、泣く。

緊急帰国の際に使ったANA便の請求額がなぜか倍額になっておりもめる。(結果、向こうに瑕疵があるのに泣き寝入り。かなりかなりストレスフルだった。この件の対応ではいまでもANAには遺恨がある。)

日本に居た頃の人事評価の件で上長ともめる。私とは全く関係の無い要素で上がれなかったと言われ、おこ。

6月、タイ語の授業ターム2が終わる。テストが終わった後、「あぁ、ここが私の生きる(住まう)街なんやな」って素直に思える。今まではどこか観光客気分というか、目に入るもの何でも真新しいという感じやったけどそれがなくなった。

ひとつの区切り。

あと、夏風邪を引いて寝込む。そしてその影響で太る。

 

こんな感じでしょうか。

なんかこの半年で、自分の中の「べき」とか、「ーでなければ」という凝り固まったものが溶解して、「何でもいいやーん サバイサバーイ」、「先のこと憂いてもなんの足しにもならんやーん、なら今を楽しまななー」という感じ少しづつになってきました。

タイという国、ほんの一年前までなんの印象もなくて、いつか海外に住みたいという思いはいつまでも「いつか」でしかないんかな、ってぼんやり思ってて。

でも、思い切って行動してみてよかったと思う。

今はまだ、「20代で駐在できるなんて」とか、大きな分母のうちの分子に入れたところに意味があるように感じているけど

もちろん誰しもが得られる経験ではないことに価値はあると思うけど、でもそれだけで悦に入るんじゃなくて

自分が自分で選び取った道を自分で正解にして、それでじぶんがいつも幸せで在れればいいなって。そういう心境です。

さてまた半年、後半は何が起こるかな。

彼氏作りたいなぁと思って、バンコクに来てから6人くらいとデートしてるんだけど芳しくないなぁ。

ひと段落

学校でのタイ語学習が2ターム終わってひと段落。

先のタームの最終テストを終え、ターミナル駅を歩く最中、唐突として「私の生活する場所ってここなんだ」という実感がわいてきた。

今まではなんとなく宙ぶらりんな感じがしていて、一方では観光客のような、一方ではよそよそしいけどタイにすりよる部外者のような、そんな変な気持ち。

 

学校の次のタームは7月からなので、10日あまりは気持ちにも余裕がもてる、かな?

しいたけ占いに、6月は半期の集大成!とあってどんな未来が待っているんだろうと思ったけど、この「ひと段落」という気持ちこそが、はや4ヶ月がたったバンコク生活の集大成なんだろうなと思われる。

体調はずっと何かしら不調を抱えたままの状態で、トラブルも結構あったけれど、それは「大きな移動をしたやつにもっと試練をあたえてやるー うぉりゃー」てな感じで目に見えない大きな意思が動いたんだろう。そう思うことにする。

大きな動きは大きな斑紋をともなう。

バンコクに腰をすえて暫くたったら、その斑紋も収まるはず。

...苦しいさなかでも、よく頑張ったんじゃないかと思う、自分。

しょっちゅう帰りたいだのしんどいだの言ってたけど、そう言いながらやりきるのが私よな。東日本大震災のときもそうだった様に。

 

語学力の伸びに関しては、思ったより伸びてないんじゃないかというのが正直な感想。

三ヶ月あまりの学習期間で15分程度ネイティヴと会話を交わすことが出来るようになった、というマルチリンガルの方の記事を見てちょっとへこんだり。

マルチリンガルの方と比べるのはお門違いなのかもしれないけど、だけれども私は今全力でタイ語にコミットできてないしそれを渋ってる自分がいるのも然り、なんだよなぁ。

タイ語をやる動機が、まだ自分の中でいまいち明確にならないし、得られるものがあるという実感がないのよね。あーあー。

しかし、ここに来た事、来ると決断したことについては微塵も後悔していない。

きっとあのまま日本の片田舎に居るよりもずっと得がたくて貴重で有意義で、学びの多い時間を過ごさせてもらっているから。

ちょうど一年前だったな。社内公募に応募したのって。

メールを送った後、すごくドキドキして、ハラハラして、大変なことをしてしまったと思ったなぁ。

でも、自分は選ばれるはず、っていう確信めいた予感もあってだな。

 

今振り返ると、一年半だったからこそ、あそこにいた思い出はすごく暖かくていい記憶になってるなー。

また温泉入りに行きたい。人はいいし食べ物はおいしいし、第二の故郷って感じ。早いかな。

私にとってバンコクという舞台が第三の故郷となるように、今しばらく何も考えずにタイ語をやって、タイで生活して、それで色々なことについて知見を深めていけたらと思う。

タイ国内で一人旅に行きたいと思いつつ、駐在員の身分になってからはなんとなく気分的に動きづらい。

でも学生気分で居させてもらえる内にタイで遊んでおかないと!

 

そしてのらりくらりとでもブログをつづってきたおかげで、日本の本社に報告する定例レポートの出来がいいものになっている気がする。

役員も読んでいるとのこと、なんとなく人となりを知ってもらえるようで嬉しい。

 

私は何でもできるし優秀だし、恵まれている。そんなことをふと思った今朝の通勤路

 

飢餓に近い感覚で自分を追い込んでしまってた

例えば、私は日本に居た時、少なからず自分の仕事を恥ずかしく思っている節があって

それは自分の理想とする自分(響きの良い、実入りの良い、自分に合った仕事をしている)と、自分が実際に行っている仕事との間に埋められない溝があるように思っていたから

だから、それを一足飛びに埋められる現実があるかもと期待して海外赴任の選考に手を挙げて

そして今ここに来た

思えばここに至るまでに私を駆り立てた感情って、飢えて死にそうで、このままだと死んじゃうという感覚にも似た焦りというか、生きるための一縷の望みというか、そんな切迫した感情だったように思う。

だから、キャリアにおける理想と現実の溝を埋めるためにこれ(海外赴任)を選び取って、でも一方で結婚するという理想は脅かされそうで、そこで心のバランスをうまく取れなくなってしまった。

何が言いたいのかうまく捉えられなくなってきたけど

要するに、もうそういうのはやめよう、ってこった。

 

知的好奇心と冒険の為にここに来られた。

新しいことを知ることができた。

何て素敵。ただそれだけ。

何にならなければ、なんてことはないし、ただタイのぬるい風に揺られていればいいのだ。物事を簡単に考える。世の中は自分に甘い。私は幸運だ。

やらされてる、感

タイ語が楽しくない。

タイが心の底から好きにはなれない。

気付いてしまったら一気に瓦解してしまう様な気がして、ひたすら首を縦には振るまいとしている感じ。

「だいたい来て三ヶ月は誰でもハネムーン期間なものだけど。。。」といわれるけど、そんな期間やってこないなぁ

昨日タイマッサージに行ったらおっさん店員に首のマッサージのはずが胸まで揉まれ、更にはコンド専属のドライバーさんからしつこく個人的なラインが来て

でもそのどちらに対しても強硬な態度というのが取れないのよな。

自分を真珠か何か、とても大切なもののように扱うことができないものか。。。

 

この、大事な大事な私を傷つけるものは、何人たりとも許さん!このやろ!さわんなぼけ!見んな!くらいの心意気で居たいものだけれど。

 

すぐにはできないので、とりあえず私は熊みたいなおじさんになりたい。

性的な欲望の目線に晒されるの疲れる。